無差別殺傷事件を起こした人たち(被疑者)に共感する人がいたら、聞いてほしい。
20代で、人生に成功している人なんていない。
みな、欲求と自分のポジションのギャップでもがいている。君だけじゃない。大なり小なり、みなそうだ。大学受験まで勝ち残った者、も就職で躓く人間もいるし、就職まで勝ち残っても、人間関係や虚無感で挫折する者だっている。
君は、今自分が挫折の境遇にいると思っているだろう。でも、本当は君だけじゃない。そういうことは外からはよく見えないのだ。
君は、フラストレーションがたまっている。どこかにぶつけたい。そんな欲求を持つ人は、君だけじゃない。でも、それを凶器で人に向けるなんてことは、自分の人生を台無しにすることだ。
すでに台無しだって?
違う。君は自分の人生を信じることが、まだうまくできないのだ。心の動きや働きも、手足の動きと同じように練習と技術だ。だから練習しなければ、自分の人生を信じることだって、簡単ではないが、練習すれば、自分の人生を信じることができる。
派遣で、明日も見えない生活、体調も悪く、食べるものもない、かもしれない。
次に何をすべきは、その時の状態による。
もう限界が来ているときは、人に助けを求めなさい。いつか恩返しすればいい。人は助け合うもの。若い間は助けてもらうことが多くても、全然変じゃない。
自分の暮らしがとりあえず立てられている人、は、夢、自分が好きなこと、を考える。
好きなものを追求していれば道が開ける場合もある。勉強すれば道が開けること、はもちろん普通だ。手先が器用な人は、町工場に面白い仕事があるから、ためしにどこか覗いて手伝わせてもらうといい。
大事なのは、日々、続けること。計画を立てて、勉強を日々、続けること。好きなことに没頭すること、でもいいかもしれない。
学歴がなくても、知識やガッツがあれば、見合う仕事はきっとどこかにある。学歴だけしかなくて働かないやつ、よりぜんぜんましだ。
こつこつ、毎日、たとえば朝早く起きて、勉強する。たとえば、ちゃんとした立派の本を読み続けること、でもいい。3年間、それが続けられたら、立派に一つのことの権威になれる。
1年間やれば、自分が勉強したことが、自分で感じられる。進歩を感じられる。
学歴にこだわるならば、高校や大学へ行く道だって、準備すれば見つかる。応援してくれる人も、きっと見つかる。何歳で行ったって変じゃない。尊敬されるべきだ。大学を普通に出たやつのほとんどは、後の人生、ほとんど勉強しないんだから。(失礼!)
応援してもらうことは、悪いことじゃない。そのことを通じて、将来社会の役に立つことを心に刻めば、いいんだ。
自分の夢、みたいなものに、小さくてもいい、一歩を踏み出す、その一歩を続けること、それが大事なんだ。
勉強するのにお金はいらない。図書館で本を借りればいい。借りられる本を読むことだけでも、相当な大家になれる。
まず、そのために、今のぐちゃぐちゃな頭の中を整理しなくてはいけない。
世の中で成功した人は、必ずしもいい境遇に生まれ育った人ではなく、むしろ逆だ、ということをよく知るべきだと思う。
三笠書房、知的生き方文庫という文庫本シリーズがある。
「人間はここまで強くなれる」(ノーマン・ピール著)
「信念」(ロバート・シュラー著)
この2冊、特に上の本を私は薦める。きっと心の中に力が湧き上がると思う。今まで何をそんなにしょぼくれていたのか、に気がつくと思う。
人と分かつことができない、語り合える友達もいない、そんなことは皆同じだ。僕だっていない。
だから本を友達にして生きてきたし、勉強してきた。
ぜひ、この本を古本屋でもいいので見つけて出会ってほしい。
君の命が、軽いものでないように、他の人の命ももっともっと軽くない。面白半分で奪ってはいけない。
そんなことを考える前に君にはやることがあるはずだ。まずそれと出会って、そいつと真正面から組み合ってから、組み合っていくうちに、どんどん課題が出てくる。課題というのは、仕事であり、生活の資と結びついている。
ここまで読んでまだピンとこない人、前述の本を、どうしても読んでください。お願いします。
人生が、いいのか悪いのか、は、途中で決めつけられない。網走刑務所に収監され脱獄を繰り返した五寸釘寅吉、だって釈放後は犯罪を犯さないことを訴えて全国行脚したりしている。
人生は、命の最後の瞬間がくるまで、わからないものだ。人生の価値、は、途中で自分で決めつけるものじゃない。後の人が決めてくれる。
自分は、ひたすら、与えられた課題に取り組んで、生き抜くだけだと思う。
でも、頑張りすぎないでね、てんぱっちゃうこともあるから(笑)
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