誰でもよかった・・・
パチンコ店の放火の容疑者がまたも「誰でもよかった」
このところ誰でもいいから殺す、という犯罪が多い。
誰でもいい、ということは、おそらくは、身の回りの誰かのせいで自分が不遇なのだ、という風には考えることができない、ということだろう。
誰かが悪いのではないのだから「社会」が悪い。
社会が悪いのだから、社会を構成している誰か、最後に意味のない「誰か」が出てきて、凶行の対象になってしまう。
おそらくは、周囲との人間関係が薄く、日本人は相互に甘えながら生きている部分が多いが、甘えるのが下手、なのだろう。(甘えるのはよくないとは思うが、切羽詰まった時は甘えないとこういう凶行に突き動かされることになる。
苦しい人たち、一度プライドを捨てて甘えてしまうことも考えてみてほしいと思います。
人のお金、人のお世話で生きてみる、で、最後はもう一度自立すればいいのですから。
どんな稼業でもよければ、法を犯すような仕事でなければちゃんと生きていけると思います。
健康でさえあれば何んとかなるはずです。
つらいのは、きっと自分だけじゃない。
自分ではもっともっとどうしようもない境遇の人たちだって、きちんと生きていたりします。
誰でもよかった、社会が悪い、と決めてしまう前に、
今の周りにいてくれる人に、素直に正面から向き合い、最低限の生活ができるための助けを求めましょう。
道は開けるし、そうして復帰した人はたくさんいます。
失うものがない、分、素直に向き合っていきましょう。
決して社会が悪い、だけではない、と思います。社会はいいところばかりとはいえませんが、どっこい、捨てたものでもありません。
頑張って当たって行きましょう。
夢、は夢、違う形でいつの間にかかなう場合もありますが、腰を据えて、今の仕事に誠意を尽くして生活を成り立たせること、これが大切だと思うのです。
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コメント
久川先生は前向きな方なのですね。
おっしゃるとおり、永久に解決できない問題が生じても、家族や親友に話すことにより気が楽になります。要するに、自分は独りぼっちじゃないってことを感じることができれば、間違った行動に走ることはないんだと思います。
そして、
「前向きに生きる!前向きに生きてこそ将来がある!」
これが久川先生のメッセージと受け止めて、私も前向きに生きることにします。
投稿: 通りすがり | 2009年7月 8日 (水) 01時34分
いつもコメントありがとうございます。
信じるしかないんですよね、自分のことは。
根拠なんかないんです。
私の場合も、根拠を求めている時期はしんどかった。
ある時から「信じるしかないじゃないか!」と気づいて、いいことばかりではないけれど、自分も成長したり、多少納得できる生き方ができるようになってきています。
きっとできるんです、もっとましな人生を生きることが。
自分を信じてほしいですね、ただひたすら信じて、動くことなんだと思っています。
辛い方も、ともに頑張りましょう。
投稿: 久川ひでのり | 2009年7月 8日 (水) 07時51分
こちらこそコメントありがとうございます。
私は最近、人生って皮肉さを痛感してます。私の職場でのことなのですが、数年前にある上司と廻り合いました。
正直、自分がその方の部下だった頃はその方のおっしゃってる事の真意を理解できませんでした。
今ようやく、その方のおっしゃってることが解りかけているのに、もうその上司とご一緒させていただく機械がないのですから。
久川先生は国税OBでしらっしゃるとのことですが、国税の職場にも心から尊敬できる上司っていらっしゃいましたか?
投稿: 通りすがり | 2009年7月 8日 (水) 09時04分
こんにちは。
正直な感想を言わせていただくと、私はひねくれもの?なので、尊敬できる人に心酔するようなタイプではないのです(^-^;
国税の職場で自分の付き合った上司の人たちは、さすがに優秀でしたし、尊敬できるところもたくさんあり、私が「すごいな」と思った人は予想どおり出世していきましたね。
年齢が50歳に近づいてくると、仕事オンリーの人生観から脱却し、個人生活にも軸足を持っている人が、最終的にバランスがよかったと思います。
尊敬する人のタイプは、年代ごとに変わってきたところもあります。大学時代と職場で中堅職員以上になった時期とでは違っていますね。
職場に入った直後の10年は尊敬という言葉はあまりよくわからなかったです。反骨精神や欲望、衝動だけで生きてた感じです。発想が広がったのは30代以降ですね。
個人的なお付き合いで思うのは、ちょっとした出会い、が意外と続いていて、数少ない親しい方たちは、直属でお仕えしたことはないのですが、とてもかわいがっていただいて、声を掛けてくれています。
「縁」なんでしょうね、きっと。
人生にはそういう、説明できない部分、があると思います。
なので、前向きなマインドはとっても大切だと思います。
投稿: 久川ひでのり | 2009年7月 8日 (水) 10時30分
久川先生のおっしゃること、分かるような気がします。そして、人間が生きていく上で『縁』ていうものが大切なことも。
私事ですが、私が以前お仕えした上司のことを書かせていただきます。その方はとても厳しく私を教育してくださいました。時には厳しくて精神的に凹むこともありました。
しかし、今考えてみますと、今までの職場の上司の中でその方が一番私を買ってくださっていたし、一番親身になってくださったことに気付きました。他の上司は口先だけの綺麗事ばかり。
もしかしたら、それが縁だったのかもしれません。皮肉なことに、その事に気付いた時にはその上司の方は退職されてしまいました。
久川先生の『縁』という言葉で感傷的になってしまい、関係のない話ですいませんでした。
投稿: 通りすがり | 2009年7月 8日 (水) 22時14分
こんにちは。
もともと私の記事内容が心の問題、生き方の問題を書いていたところもありますからね。
「縁」は一つではないと思います。
上司の方との出会いも、その時期にある一つの「縁」であって、次のステップではまた違う人と違う内容の「縁」があると思います。
その時に気づくことは難しく、後になって気付くことが多いものでしょうね。
私も長く唯我独尊的に、「自分だけは違う!」ともがいて生きてきましたが、今は人のスタンスを受け入れ、また、受け止めて、生き方は違うけれど仲良く付き合い続けることもできるようになってきた気がします。
時々、立ち止まって考える時間、大事ですよね。
投稿: 久川ひでのり | 2009年7月 9日 (木) 08時34分