品川区の荏原地域に「青線」地域が昔あった話
私の事務所の近所、とまで言えるかわからないが、品川区小山というところがある。
古くは小山村(読み方は「おやまむら」だったと思うが)であり、平塚村に合併された5村の一つの地域。
今は「武蔵小山」として毎日のようにテレビに取材で登場する、東京周辺の有名な商店街があり、住みやすい生活圏として人気もある。
東急目黒線は目黒から武蔵小杉まで通っており、今は「目蒲線」ではない。蒲田に行くには乗り換えが必要になった。
山手線で目黒に出られるところは、わが戸越銀座が、山手線の五反田に出られる、というのよりは、イメージがいいのかもしれない。
目黒は、五反田よりは田舎だと思いますが、土地の高低でいえば、高台、品川区上大崎地域であり、目黒側の流域である五反田よりは明らかに山の手で、そういうイメージはいいのでしょうね。
ところで、小山の話に戻りますが、武蔵小山から一駅行ったところに、「西小山」という駅があり、住宅地を中心に街があります。
品川で大きな水系である立会川を暗渠とする立会道路が通る地域ですが、今はどこから見ても高級な住宅地と思いますが、昭和50年までいわゆる「青線」地域が営まれていたらしいです。
「青線」というと、貸座敷と置屋さん、殿方が飲んで遊んで過ごすところ。芸者さんがいたわけです。枕芸者さんもいたのでしょう。
今からは想像がつきませんが。
「青線」は、公式には飲食認可しか受けずに、いわゆる売春行為をしていたところ、をいいます。
今でいう、小山小学校と荏原第六中学校との間あたりの地域と、武蔵小山から目黒線の線路の東側を線路に平行して南下し、立会道路を過ぎた東側一帯、そのあたりには、まだ、当時の料亭の建物を彷彿させる古い建物が散在して見られるようです。
通常、そういった地域は、商人が商いの旅行の途中で宿泊する地域、たとえば八王子なんかがそうですが、そういった地域に作られるのだと思っていましたが、この地域の場合には、地域の商業振興の一環で地域の方々が誘致?したように伝えられています。
身の回りの地域でも、調べてみるといろいろな面白い経緯があるものです。
品川区は立会川を中心にして、いろいろな歴史が形成されているようです。
荏原ローカルなお話でした。
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